


今回は日本のブックデザイン界の大御所、
祖父江慎さんの講演会に潜入してきました。
祖父江さんは多摩美中退の経歴だとか。
多摩美での学生時代、在学中に会ったマンガ家の仲間たち…。
大変タメになる1時間のスピーチの前編をどうぞ!

6月24日に開催された講演会。
学生たちも大いに期待、講堂にはあらゆる分野の
生徒たちが大勢集まりました。
祖父江慎さんがニコニコ顔で壇上に登場。
一礼した祖父江さんは「多摩美の頃の話から
しちゃったりなんかしても良いですか~?」と観客に耳を向けます。
↑ 観客たちも「いいとも〜!!(笑)」と全員大きな声で答えて、楽しい講演がスタートしました〜
まず、ぼくは多摩美を卒業できませんでした(笑)。といいますのも、当時多摩美のグラフィックに通いながら工作舎という会社でアルバイトをしていたとき、社内で寝て社内で起きてという生活をしていたからかも知れません。社員になっても月に休みが一日あるかないか。三ヵ月帰れないときもありました。家で寝ると起きることができなかったからでもありました。工作舎では、特に本の仕事というわけではなくて、広告の仕事ばかりしていました。
学生時代に多摩美で学んだことは、授業内容よりも、どちらかというとサボり方や要領よく済ませる方法。それが一番勉強になりました。ここに来たのは受験をした30年ぶりの2回目。なので今日は懐かしい多摩美の漫研に入っていた頃の話を話しちゃいまーす。
最初は「漫研なんか入んないぞ」って思っていたんです。でもそのとき丁度リーダーだったしりあがり寿さんが漫研の人員を増やそうとしていて、ぼくが漫画を描いていることを聞いて入れって言ってきたんですよ。「漫研という響きが嫌いなら、そう思ってる人が漫研にいればそうならない!」と言われて、「なるほど!」と思い漫研に入りました。それでいきなり漫研の雑誌の表紙デザインを先輩と組んでやることになりました。僕が初めてデザインをした一冊目の本がこちらです。
↑ 祖父江さんが初めてデザインした「タンマ」の第五巻。貴重な資料!
懐かしいですね~。漫研の先輩だったしりあがり寿さんとは、彼が卒業後にサラリーマンをしていた頃、お互いの会社が終わったあとにどちらかのアパートでいっしょにマンガを描いていました。で、1985年に二人でやっていこうと「スリーピーダンサーズ」というチームを作ったんです。社会人になってもしりあがり寿さんとは学生ノリでやってました。
↑ しりあがり寿さんと作った初期3部作。左から『夜明ケ』『おらあロココだ!』『エレキな春』(すべて白泉社)。
これは工作舎のときに隠れて作りました。工作舎ではいろいろなしばりがあったので、そうなるとつい全く違う方向へと向かってしまう癖があるみたいです~。バブルの時期だったので、けっこう何でもOKでした。例えば玖保キリコさんの『いまどきのこども』という本を作ったときは、上製本で、表紙には金箔を押して、本文用紙は光にかざすと透かしが入っていて、2色刷りの1色は蛍光色で、巻頭に高価な輸入紙を使ったりなど、これは「絶対ダメ出しされるぞ!」というくらい豪華なプランを提案しました。でも、すんなり通ってしまう時代でした。イケイケな気持ちでした。
同じ漫研にいた先輩の喜国雅彦さんも「俺のもやってくれよ!」ということで、喜国さんをスタジオで撮影して、蓄光インクという暗くすると光るものをシルクで刷って、「3Dめがね」も付けて立体漫画も読めるというような贅沢な本を作りました。良い時代でした。ここまでOKだと、なんだか気持ちが悪いですよね。
↑ 喜国雅彦の『Mahjong まんが大王』の巻頭ページ。『Mahjongまんが王』にはシールがついていた(すべて竹書房)
このへんから今日の核心に入っていきます。
そんな時、「すごいマンガ家がいる」と注目していた吉田戦車さんの本を作ることができる機会がありました。で、戦車さんの作品にどっぷりつかって単行本を作っているうちに、うまくいかないことへの憧れがだんだんと出てきたんですね。そこで本として起こりうる「乱丁」とか「落丁」など、あらゆるダメなことを1冊に盛り込もうというプランで吉田戦車さんと『伝染るんです。』を作りました。1990年のことです。
何がダメなのかというと、まず本の袖のところの長さが違います。帯がまっすぐではなく斜めになっていて、右と左で高さが違います。発行されたのが1990年代ですが、アオリ文が75年になってます。そのうえ帯をかけると著者名が隠れてしまいます。タイトルなのに「。」がついています。それからプロが見ないと分かりづらいですが、写植の打ち方が全く素人なまちがいだらけになっています。「!」も全角・半角が混ざっていたりします。中をめくりますよ。すると、…しおりは本より長くないと使えないですが、これでは短くて使えません。また面付けが間違っててズレたような形になっています。更に全く同じページが出てきました。最後の戦車さんのあとがきも「ている」から始まって「正美やひ」で終わるような文章です。本当に困った本ですね~。
よく見るとノンブルだけはちゃんとしてるから乱丁ではないとわかるんですが、本屋さんで売ってくれないところも続出しました。「本屋に行ったけど全部落丁だから買えない!」という苦情が小学館に続出し、しかも書店からは返品の嵐で、編集部の人が毎日お詫びの手紙を手分けして書くというのが日課になり、しかもワープロだと反省の色が伝わらないので全て手書きで書くという方針だったそうです。僕が関知しないところで大変なことが起こっていたのです。
↑ 話題を呼んだ4コママンガ『伝染るんです。』(小学館)。1巻と2巻の表紙が同じように見える。
1巻目を作っているとき、印刷所からは何回も電話がかかってきました。「デザインテーマは乱丁・落丁です」ということは伝えていたのですが「間違いですか? デザインですか?」と何回も問い合わせが入り、その度に「デザインです」と答えることに何か違和感を覚え、この頃から「ミスって何だろう?」と考え始めました。
問題が多すぎたので2巻目はきちんと作ったのですが、「1巻目を正したい気持ちが強すぎて2巻目だということを忘れてた!」という感じで作りました。似ているんですけど、もちろん1巻目とはちがいます。乱丁もありません。「1巻目とそっくりすぎるので、間違って買ってくれる人がいたら嬉しいなぁ」と思っていたら、1巻目と間違ってレジに持っていってくれた方を実際に書店で見ることができて幸せでした。
間違いの中にも色々あるんですね。良い間違い、悪い間違いがあります。自分が指定した通りにものがあがってくると空しくなることも時にあります。今はコンピュータでやってしまいますが、昔は赤ペンで指定していたので、伝わり違いで、指定と異なるのが印刷所からあがってくることもありました。「この間違いステキです!」という間違いもたまにあったりして、感動したりもしました。
うまくいかないけれども嬉しい、それも大事なことだと思いますね。本屋に行ってカバーが2枚ついていたり、ページがひっくり返っているものを見つけたときに「やったー」と僕は何か嬉しい感じがします。そういう気持ちも大切にしていいかなとも思います。

